「転スラ」=プレイ動画説

2019.02.13

昨今のアニメ業界は転生モノが一世を風靡しています。あまりに多すぎて飽きたという人もいますが、次々と新しいパターンの転生モノが出てくるのでまだまだこのトレンドが続くかもしれません。そんな中で転生したらスライムだった件が物語作りの新しい可能性を示してるんじゃないかと思っています。

転生モノは大きく二つのグループに分けることができるんじゃないかと思っています。1つが転生を舞台作りに使って物語を作っているもので「幼女戦記」「GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」「ノーゲーム・ノーライフ」などがそうです。主人公の性格付けがはっきりしていたり、主人公がどういう思考プロセスでその行動をとったのか視聴者に分からないようにして描かれることが多いと思います。ファンタジー世界というのは見ている僕らからは馴染みのない世界ですから、そこで育った若者を主人公にしても今一つ親近感が湧かないわけです。ところが現代日本の若者が召喚されたり転生したりして主人公になるとどういう人なのかイメージしやすいというのが大きなメリットでしょう。遠近感の湧きやすい主人公と魅力的で自由度の高い世界観を両方取ろうとしているのがこのグループです。このパターンは結構歴史があって「レイアース」や「エスカフローネ」なんかもここに入るでしょう。

もう一つのグループがプレイ動画的な作り方をしている作品です。「転生したらスライムだった件」「デスマーチからはじまる異世界狂想曲」なんかがこれでしょう。「OVER LOAD」も序盤はそういう面があったかもしれません。異世界に転移した主人公がとまどいながらも情報を集めて次にどうしようか考えながら世界を広げていくのがモノローグを交えながら描かれます。アイコンが出たりモノローグでメタ的な発言をしたりしながら世界に行ってしまった人ではなくてあくまでも視聴者と同じ側の人間であるように描かれるのが特徴です。どちらの描きかたのメリットは視聴者と主人公の距離を近くする効果が大きいことで、ゲームをやった経験のある視聴者は自然と物語世界に没入していくのではないでしょうか。

前者の作り方は転生を舞台作りに使っているだけであくまで物語であるので、キャラクターの性格が明確で魅力的でなければいけません。物語の肝はキャラクターですから自発的に動くような性格付けが必要です。転生もので舞台作りが簡単になったからといってここが変わるわけではありません。ところが後者のプレイ動画的な作りであれば主人公のキャラ付けはそれほど明確である必要がありません。魅力的な世界設定とサブキャラクターたちを使ってゲームをプレイしているように描いていけばいいんです。

個性的な魅力的な主人公キャラを作ることができずに物語作りに苦戦している人は後者の作り方を模索しても良いのではないでしょうか。

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